DC-1000を蒸着せよ!!
▲▲さんはおそらく、教えるのがあまりうまくない師匠から最大限の教えを引き出し、その技術を身につけるために、弟子の最強モデルスーツ、その名も「DC-1000」を開発したのに違いない( ゚Д゚)
▲▲さんは、そのモデルスーツを着用することで、教え下手の師匠からその技術を強力に吸い取ること、採掘することに成功しているのだっっ
「DC-1000」なしでは、▲▲さんといえども、すんなりと教えを受けることなどできない
教えるのが下手だから(;^_^A という理由で、技術の宝庫とも言える師匠から、その宝を受け継げないのは、もうこれは非常にもったいない
だって、惜しみなく「あげるよ」って言ってるんだもん
ただであげるよ!
欲しいと思ってくれるなら、価値があると思ってくれるなら、どうぞどうぞ!と
それはまちがいないんだが、いかんせん、山なだけ(失礼!)だから、勝手に自動的にダイヤモンドや金や銀を、自分の中から吐き出して、さらに精製して渡してくれるわけじゃない
というか、そうしてあげたくても、できない
山なだけだから
(なのに、一応、自分の中からなんとか渡しやすい形で取り出してあげたいと、四苦八苦してくれてはいる)
掘りたい人は、ツルハシ担いで、けわしい山道分け入って、掘りに行かなきゃいけない
その道中では、道に迷ったり、先に進めない地形があったり、危険生物🐍🦂🐻に遭遇したり、悪天候⚡🌀に見舞われたり
やっとたどり着いて掘り始めたら掘り始めたで、硬い岩盤に悩まされ、掘っても掘っても鉱脈にあたらず( ノД`)シクシク…
ときには落盤事故もあるけれど……
でも、どうしたら安全に効率よく良質な宝物をできるだけたくさん掘り出せるか???
山の形、土壌の硬軟などなど研究して、よい道具、機器、システムを開発して、知恵をしぼって、工夫を凝らして、試行錯誤の上に完成した掘り出しツール!!
それが「DC-1000」なのだろう✨✨✨
せっかく先達の▲▲さんが、この最強ツールを開発してくれたのだ
そして、▲▲さんもきっと、「よかったら、コレ使って!」って喜んで無料貸し出ししてくれてるはず
師匠も、「『DC-1000』、あれいいんだよな~ あれ着用してくれたら、自分もなんでか調子よく、フル回転で指導力発揮できるんだけどな~」って思ってるんじゃないかな?
つまり、師匠の
「▲▲ちゃんは、こうだよ」「▲▲ちゃんなら、こうなんだけどな」
という言葉は、実は、
「DC-1000は、こうだよ」「DC-1000ならこうなんだけどな」
ってことなんだろう
脳内でそう翻訳して聞いたらいいと思う
「DC-1000」=▲▲さんではなく、「DC-1000」とは弟子の理想形、完成形、ある種偶像なのだ!!
▲▲さんの人格をベタボメ肯定して、🍒の人格をぶった切り否定しているわけじゃない
決して二人をくらべてるわけじゃなくて、単に▲▲さんのように🍒ちゃんも「DC-1000」を利用してくれたら、お互いやりやすく、有効だと言いたいだけなのでしょう
「DC-1000」を着用したからといって、🍒が🍒でなくなってしまうわけではないよ
なんか、魂売り渡すことになっちゃうんじゃないか、乗っとられちゃうんじゃないか、自分を見失ってしまうじゃないかって不安になって、着用はコワいなとか、躊躇してしまう気持ちがあるかもしれないけど……
でも、意外と「自分」はそんな簡単になくなったりするもんじゃないんだよね
なくすまい!と全力でコートの前を搔き合わせなくても、風速50メートルの大型台風に防壁もなく吹きっさらされることになっても、意外としぶとく「自分」はしがみついて残っているもの
(むしろ、はがそうとしてもなかなかはがせず苦労するんだ)
サラリーパーソンのスーツ、看護師さんの白衣、野球選手のユニフォーム、力士のまわし、在宅校正者のアカムラ上下みたいなものなのよ
仕事が終わったら脱げばいいだけさ
(アカムラ上下だけは、ワンシーズン着たきりですが笑)
畢竟、▲▲さんをよーーーく観察して、まずは「DC-1000」がいかなるものなのか会得するのじゃ
そしてあとは、「蒸着」するのみである!!

「DC-1000、蒸着!!」
(※「蒸着」の詳しい過程については以下動画をご参照ください※)
↑まさか0.05秒のうちに、こんなに大がかりなことが行われてたとは((((;゚Д゚))))ガクガクブルブル
⚡⚡🛸「リョウカイ コンバットスーツ デンソウシマス」✨✨✨
ダメ出しは次なる課題の提示にすぎない
ども!(^^)!
ちょっと思ったこと。
何かをやって、上司や先輩からアドバイスや注意事項を受けることがあると思います
これを「ダメ出し」だと受け取って、言われたことを瞬時に直さなくては! 次やるときは絶対できるようになってないといけない! と思ってしまうことが往々にしてあります
とくに、良い意味で何事にも真面目に取り組む誠実な人にそういう傾向がみられがちです
もちろん、次からは間違えないでほしいという意味で言われることもあるのですが、でもすべてがそういうものというわけではありません
たとえば、ある課題を新人さんに出したとします
それを新人さんがやって、まずまず合格点(60点)の出来でできたとします
新人さんなんだし、初めてやったことなら、もう60点で充分すぎるほど充分です
逆に初めてなのに一発で60点とれたら、もうスーパーミラクル新人です☆彡**
今すぐお給料アップを要求してよし!!
で、そんなすばらしい奇跡の新人離れワザを見せたにもかかわらず、それをほんの一言ばかりほめたかと思ったらまさかの「ダメ出し」をしてくるヤツがいる<`ヘ´>
え~?どうして?? こんなスゴワザやってみせたんじゃん、なんか文句あるんかい?って思っちゃうんですが、実はそれって「ダメ出し」ってわけじゃないんですよね
当然、新人さんがはじめから100点満点連発ってことはありえません
そういう人がもし仮にいるとしたら、それは「新人さん」ではない
なんか経歴詐称・年齢詐称してる人でしょうきっと
だから、いきなり100点取れることを期待されてるわけでもないし、100点取れないからダメと思われてるわけでもない
でも、ゆくゆくは、最終的には、100点取れるようになってほしい、というのはもちろんあります
そして、そこまで導くつとめが上司や先輩である自分にはある! と思っている上司や先輩は責任感のある人たちでしょう
だけど、それは今すぐそうなれということではない
単に方向性や次なる課題を示しているだけなんです
道案内というか、「こっちだよ~」とコースを教えてくれてるわけですね
過去の箱根駅伝で、國學院の寺田くんがゴール寸前の交差点を間違って曲がってしまうという歴史に残る大ハプニングがありましたが、そういうことが起きないように(?)水先案内をしてくれてるわけです
決して、ゴール地点に立って、「ここまで今すぐ来い!」って言ってるわけじゃない
たんに、「こっちだからね~」って言ってるだけ
だいたいね、すぐになんでもできるようにしてきてしまう新人さんって、先輩からしてみると若干脅威というか、自分を窮地に追い詰めてくるように思えてくる存在であったりもするんですよ(゜-゜)
次から次へと「はい、終わりました~! 次何やったらいいっすか?」ってせっつかれてるような気持ちになってしまうんですね
「え?え? もう終わったの? 次っていってもさ~まだそんなこと考えてもなかったよ汗」
って
でも、新人さんが課題をクリアしたのであれば、次なる課題を与えねば! ってなるんですよね
なにかしら、改善点や工夫の余地を見つけだして寸評をせねば!って思っちゃうんです
(それは、粗探しやケチをつけるためではなくて、あくまでも新人さんが向上するためのものであるってことはひとつのポイントだけどね☆)
それが自分の仕事・役目だと思ってるからです
だから、できる新人さんとしては、あえて自分のペースを落としてみるっていう小技も使ってみるといいと思う
そんなにしゃかりきになって、出された課題を秒でできるようにする必要はない
できないと、「まだできないの?」「だめだな~」的な言動をとられることもあるかもしれないけど、あんまりそれをド直球・ドまん中で受け止めない方がいい
そう言われて、過剰に悔しがったり落ち込んだりする必要はない
そう言われるのが新人の王道(?)、「お約束」ぐらいに思ってるほうがいい
オーソドックスな新人の「型(パターン)」だと思ってるほうがいい
先輩たちにぐうの音も出ないようにしてやる!ってならなくて、というか、ならないほうが総合的に見るといいんですよね
「これでどうだ! 文句あっか!?」
とするんではなく、あえて文句つける余地を残してあげる(←すごいエラそう笑)
へんな話、そういう構図のほうが先輩たちの自尊心も高めてあげられる
「先輩として、不器用な新人にも辛抱強く、有益なアドバイスを送って教え導いてあげるけなげな私」という像を持っててもらうことにするのが、日本的なうまい渡世術という面がある
自分がダメな新人を演じる(「演じる」というとちょっとオーバーだけど、そういうキャラを引き受けるというかな?)ことで、いやらしい言い方だけど先輩の自尊心をくすぐる、花を持たせるっていうのが、組織の潤滑油になるっていうのかな?
だから、ほんとにできる真のスーパー新人っていうのは、
・ほんとはできるんだけど、ふだんは自分がスーパー新人であることは隠している。先輩の能力やペースを見つつ自分のでき度を小出しに見せることができる(あまりにできなすぎるとも、クリアが早すぎるとも思われないラインを見極めて)
・そして、どうしてもこれは「落とせない!」というところは、スーパー新人の正体を現してクリアする。で、その後すぐにまた元に戻って、「ん?今のは何だった? 幻? 気のせい?」と煙に巻く
よくアニメとかであるよね、ふだんはダメキャラ、ふぬけキャラ、いじられキャラ(でも愛されキャラでもある)なんだけど、実はみんなが尊敬してあこがれているヒーローで、みんなのピンチには変身してみんなを救う……みたいなやつ
そして、正体がばれてしまったときに、みんなの前から去っていく……みたいな
まあ、そんなスーパー新人になれよ!ってことでは決してない(そんなスーパー新人は実在しえない、たんに想像上の、理想の人間像にすぎないかもしれないので)んだけど、もし、
「私はこんなにがんばって、言われたことすぐにできるようにやってんのに! 覚えなきゃいけないことや雑用も山のようにやってんのに! まだなんか要求してくんのか!?」
ってムシャクシャが爆発してきそうになったら、ちょっとそんなふうに考えてみてほしいな~って思って書いてみました(^^)/
ドギモを抜く赤ちゃん👶
ども、🍒ちゃんの応援団長・ゆみころです( ^)o(^ )
思えば、🍒ちゃんには、いつもドギモを抜かれてきたのでした( ゚Д゚)
まず、100回くらい話してますが、生まれてすぐに新生児室にいる🍒ちゃんをおトン🐷と見に行ったとき、「指がなが~い!!」って思いました
これは何か、指を使う仕事をする人になるのでは?という非常に短絡的な想像が瞬時に働きました笑
それから、とにかく、首すわり、寝返り、お座り、はいはい、離乳食、バイバイ、つかまり立ち、たっち……など、平均と比べてめちゃくちゃ早いわけではないけれど、ひとつひとつクリアしてきたのです
これは、当たり前のようで全然当たり前ではない
今となっては、次々どんどんクリアしていったように思えてしまうけど、それぞれ、「○か月くらいには○○ができるようになる」というその「○か月くらい」の時期には、「できるようになるんだろうか? ちょっと遅めじゃないだろうか? このままできなかったらどうしよう!!」とそれなりにやきもきもしていた記憶あり
別にとりたてて遅いわけではないんだけど、「できるようになるのかな?」って思うとなんだか不安になってくる、というのが人間の心理としてあるのかもしれない
赤ちゃん期での「できるようになった」思い出として印象深いのは、
・たっち
・あんよ
のふたつでありました
この話も100回くらいしてるかもしれないけど、せっかくだから文章に残しておこう笑
まず「たっち」のほうから
これは、聞くも涙😢 語るも涙😢の物語
そのころ🍒ちゃんは、ときおり、ほんのちらっと「たっち」をすることがあったのでした
といっても、ほんとに一瞬で、秒でやめてしまうので、ゆみころは「あ? え!?」となって幻影を見たのかな?錯覚かな?と、いまいち自分の認知能力に懐疑的だったのでした
なので、「たっち」できた認定というものをなかなかしきれないところがあったのですが……
それでも、秒たっちを目撃したときは、小劇場仕込みの超オーバーリアクションで「すごいね~!!やったー!!たっちできたね~!!」と喜びまくって、🍒ちゃんの意欲をさらに高めようと努めておりました
そんなある日のこと、ゆみころはおトン🐷とケンカをしてしまったのです
ケンカというのは不正確かもしれません
おトン🐷がむちゃくちゃなことを言うので抗議をしていた、ということになろうかと思います
あまりに理不尽で悲しく(悔しく)なり、思わず涙があふれてしまったゆみころなのですが(←かわいそう😢😢😢)、いったいどうしたことでしょう?
すぐ隣で座っていた🍒ちゃんが、急に立ち上がったのです
何にもつかまらずに!
両足がぷるぷるしているけど、一生懸命力を入れて踏ん張って、いつもの秒ではなく、5秒ぐらいたっちをキープしました
ゆみころは、何が起こったのかわからず混乱しました
悲しい気持ち、悔しい気持ちに覆われていた暗黒の脳内回路が一瞬で凍り付き、んなこたーどうでもいいつまらんことだと、パリーン✨✨粉々に砕けて吹っ飛びました
おトン🐷など、もう勝手にひとりでブーブー鳴いていろ!と思いました
ゆみころにはわかったのです
🍒ちゃんは、泣いているゆみころを見て、小さな心を痛めたのでしょう
ゆみころに泣いてほしくない! ニコニコしていてほしい!
どうしたらいいだろう?
……そしてこう思いついたに違いありません
そうだ!ゆみころがいつも大喜びする「アレ」をやればいいのだ!と
こんな賢い乳児がいるでしょうか?
まだ1歳になってないんですよ!?
そして、ただ賢いだけじゃありません
ほんとは、🍒ちゃんはたっちをするのはまだちょっとこわいんです
できるんだけど、まだちょっと自分でも自信がなくて、いつも秒だけやってみてる
ちょこちょこと試して、「できた!」を積み重ねて、徐々に自信をつけているところだったのです
でも、ゆみころが泣いちゃうという緊急事態に、🍒ちゃんはそんな不安をかなぐり捨てて、ゆみころにたっちを見せようとがんばったのでした(´;ω;`)ウゥゥ
『モチモチの木』というお話を知っていますか?

ゆみころは、この🍒ちゃんの「たっち」が、『モチモチの木』のお話になんだか似ているなと思っています😊😊
ちょっと長くなったので、「あんよ」についてはまたのちほど!
ゆみころ 心の俳句(おもにパクリ)
やせガエル 負けるなゆみころ これにあり🐸🐸🐸
その場では見えないし聞こえないかもしれないけれど、実はゆみころだけでなく、たくさんの人たちが🍒ちゃんの後ろに控えて声援を送っております。
小峠応援団長が力強いエールを送っております。
それは「念」という強いパワーなので、万一邪悪なものが迫れば毅然と撥ね返し、🍒ちゃんが「まことの力」を発揮できるように、みんなでおみこしを担ぐように力を合わせてバックアップをしているのです。
ゆみころが応援団ご一行の皆様をざっと見回してみたところ、苦しそうな表情をしている人や悲愴感漂っているような人は一人もいませんな。
なぜかみんな、まったく不安のかけらもない様子で、ニコニコと楽しそうに「エイホッ! エイホッ!」と掛け声をかけています。
まるでほんとにお祭りみたいです。
提灯の灯りのもと、屋台がずらりと並んで、焼きイカやわたあめを食べながらの人もいたり…
お祭りの宵のように、わくわくするような気配があります。
それは、みんなが、🍒ちゃんは絶対に大丈夫だとわかっているからです。
「どれがお前のお父さん、お母さんか当ててみな」と言われて、「このなかにお父さんとお母さんはいません!」と答えられる力を持っているとわかっている。
これまでの、🍒ちゃんの、それぞれの人との交流のなかで、みんながそれをよく知っているから、だからみんな何の不安もないのです。


ハッピーエンドとわかっているから、みんな心から安心して、のちのちの語り草となるだろう🍒ちゃんが難局をクリアするハイライトシーンを見逃してなるものかと、「エッホッ! エッホッ!」とわくわく見守っています。

新人クライシス乗り越え2
ども、ゆみころです(#^^#)
四月はいつだって、こころ折れそうな新人さんたちであふれる季節。
そんなまぶしくフレッシュな新人さんに告ぐ、憎らしいほどにふてぶてしくなった元(超昔)新人さんからのあるあるアドバイス。
さっきの続き…

・Aさんから聞いた、BさんやCさんの話は、あくまで、Aさんから見てのBさんやCさんの一面でしかない
関係性によるから、別の人から見たら、AさんがとらえてるようなBさんやCさんの一面はまったく感じられないってこともある
Aさんのちょっと反抗的な態度や協調性のなさ(あくまでBさんやCさんにとってのだけど)に対して、BさんやCさんのそういう一面が引き出されてしまったとも考えられる
「〇〇った」という話も、先輩スタッフであるCさんとしては、後輩の指導という役目上、Bさんへの必要な報告だったのかもしれない
Cさんの過剰なBさん信奉というところに若干不信感みたいなものもあるけど、基本的にはCさんは模範的な先輩だと思う
がんばっている後輩には心から力になってくれると思うし、Bさん夫妻といっしょになって「Sさん大丈夫かな?」って心配してくれているはず(Dの将来のためにも)
あくまで先輩として尊重することは忘れず、花を持たせるつもりで一歩控え目でいることも処世術として必要かもだけど、いっしょにDを盛り立てていきましょう!と、同じ方向性を目指しているという態度を見せれば、ネガティブな感情を持たれることもないし、仲間として信頼してくれると思う
味方にすればいい先輩。Aさんは、うまく味方にできなかったばかりか、自分のなかで反感が強くなってしまったということもある。一年違いで、対抗心みたいなものも出てしまったのかもしれないし、Aさんのもともとの性格的なものもあるかもしれないけど。
でも、Sとしては、同い年といえど、仕事の先輩としては遠く及ばないほどキャリアに差のある先輩で、対抗する必要性すらないから、Aさんよりもきっとうまくやっていけるはず
Aさんにとっては脅威であったかもしれないけど、Sにとってはそれほど脅威ではないんじゃないだろうか?
Aさんが言ってることは決して噓ではないけど、「事実」なのかといえば、そうとは限らない。あくまでAさんの受け止め方として参考程度に聞いておいたほうがいい
過剰に恐れる必要はない
まさに疑心暗鬼を生じる
恐れ、疑う気持ちは、優しい人も鬼に変えてしまう
先輩としての厳しい助言や忠告はこのさき受けることもあるかもしれないけど、それは決して意地悪やCさんの八つ当たり的感情で言ってることではなく、真にSの成長を願ってあえて言ってくれること、耳を傾けるべきことだと思う
これまで抱いていたイメージ通り、いい先輩でいてくれると思う
・↓この千日さんというかたの、ブログ記事、とくに前半がまさにおっしゃる通りなのでご参考に
新入社員が入社後に味わう挫折感とその成長の鍵 - 千日のブログ 家と住宅ローンのはてな?に答える (hatenablog.com)

新人クライシスの乗り越えかた
朝言ったことまとめ+新しいこと
・新人に大事なことを任せる人はいない(任せる人がいたらその人自身がバカ)
失敗したりうまくできなかったりしても致命的なダメージを受けないこと、先輩や上司たちがリカバリーできることが間違いないことしかやらせない
→そんな大事なことを新人の自分なんかにやらせてもらえるなんて思い上がりでしかない。
自分を過大評価しすぎ
・にもかかわらず、そういったことをやらせてもらえるならば、逆に言うと、「この人にはこれを任せられるだろう」という冷静で慎重な分析のもとに下した判断がその裏付けとしてあるということ
「お墨付き」だということ。だから、そこは、自分としてはあまり自信がなかったとしても、それをやるよう指示した上司や先輩を信頼していい
「いちかばちかやらせてみて、だめだったら新人を責めればいいし」なんて考えの人が優秀なはずはないし、そんな愚か者はとっくの昔に自滅して社会から去っているはず

・上司や先輩の言葉は「文字通り」に受け取ること。じゃないと、その指示やアドバイスを的確にとらえることができず、業務や仕事覚えに支障がでる
その言葉以上でも以下でもない。余計な裏読みや行間読み、意訳は必要なし
ビジネスの言葉だから、文字通り以上に受け取ってはいけないし、文字通り以下に受け取ってもいけない。事故のもと
たとえば、「受動的ではなく能動的に取り組まないといけない」というアドバイスを受けたなら、どういう点が「受動的」と指摘されたのかを考え、どうしたら「能動的」になれるかを考えて実践する
そのうえで、いまいちわからないことがあればその点を質問。あいまいにしていると的確に遂行できないから
やろうとしてもなかなかうまくいかなければ、さらにアドバイスをお願いしたっていい
要は、アドバイスや指示を間違いなく遂行することがビジネスの上では第一なので、そのために必要なことがあるならなんだって遠慮することはない

・新人は誰でも、覚えることがいっぱいあり、できないことがいっぱいあり、さらに体力的・精神的な疲れも加わることから不安や心配でいっぱいになる
自信もなくなるし、自分はなにもできないんじゃないか、普通に社会で働くことなんてできないんじゃないかといった徹底的な落ち込みに陥ることもある
マイナス思考でいっぱいになる
仕事に行きたくないと思ったり、涙が出てきてしまったり、自分はどうしてこんなにだめなんだと無限ループで考えてしまったりする
それは仕方のないことだし、やめようと思ってもなかなかやめられなかったりするんだけど、でも、そうやって悩んだり落ち込んだりすることにいくら多くの時間をかけようとも、いくら真剣になろうとも、正直なにも解決すことはない。
反省会を延々とすることが、反省しているしるし、深刻に受け止めているしるしなのだと、自他に向けて言い訳・アピールしてるだけ。
過剰な反省会は、肝心の「解決策」にはなにも貢献せず、ただただマイナス思考を増長させるだけにすぎなくて逆効果でしかない
→なので、反省会は、
1 「時間を決めてやる」(30分もやれば充分)
2 反省点や今日受けた大事な指摘、指示をノートに箇条書きで書く
3 「感情」の反省には極力時間を割かない
4 改善策は具体的に、システムとして考える(「間違えないように気を付ける」とか「がんばる」とかは☓。どういうシステム構築をすれば、まかり間違っても失敗を繰り返すことはないかという工夫に知恵をしぼる)

・繰り返しになるけれども、新人にとって一番重要な課題は、「毎日、遅刻も欠勤もせず、元気に出勤すること」。正直これだけ。
でも、これって口で言うほど簡単なことではない。それは、新人クライシスに耐えつつ体調管理、メンタル管理をしないといけないから。
もちろん、毎日元気に出勤したうえで、言われたこと教えられたことがたちどころにできたり、あわよくば言われる前、教わる前にできちゃったりしたらかっこいい。けど、そんなことを望んだりできると考えるのは単によくばりなだけ。
新人は「できない」こと、「無力」「無能」が大前提。「毎日、遅刻も欠勤もせず元気に出勤する」を死守するのがせいぜい関の山だし、それができないなら、ほかのこともできるはずがない
だから、「毎日、遅刻も欠勤もせずに元気に出勤すること」を達成するうえで邪魔なことはぜんぶ、容赦なく排除すべし
30分の反省会がそれを阻むなら、その30分の反省会すらしなくていい
いろいろと考えてしまうなら、機械になったつもりで心を無にする
そうやって1週1週無心で乗り越えて行くうちに、いつのまにか勤め人のペースに慣れ、知らないうちにできることが増えていたりする
そして「脱新人」となる。そこで初めて次の課題ステージ「もう新人ではない」に移行する
だからそこまでは、無心で元気に出勤することだけを果たそう。それができれば上出来、御の字と、ハードル低く考える
悩んでも悩まなくても、できないことはできない
同じく、悩んでも悩まなくても、できるようになることはできるようになる
ならば、悩んで心身の調子を狂わして絶不調でいるよりも、せめて心身元気印でいるほうが総合的にいい
悩まないことで、余計な力みや重圧から解放され、すんなりできることが増えるという効果もある
ダメ出しされるのが恐かったら、「新人なんでえ~ごめんなさい」と思えばいい。
「新人なんでえ~ごめんなさい」の免罪符が使えるのは新人時代のわずか2~3年のみ!
めいっぱい使い倒そう!

・育てる方は、「すぐにできない」「うまくできない」ことには失望しない(すぐにうまくできないことは承知の上だから)
失望するとすれば、できるようになろう、うまくできるようになろうと「取り込もうとしないこと」に失望する
なので、その姿勢が見られれば見守ってくれるし、プラスになると思うからこそのさらなる助言もしてくれる
・基本的に雇う方は、「こいつがだめなやつかどうかせいぜい見極めてやろう、で、だめなやつだったら再起不能になるくらいボコボコにして、むしろでぐるぐるのすまきにして東京湾に捨ててやろう!」なんて思って雇っていない
「心中」とまではいかないけど、雇うか雇わないかという自由選択があるなかで「雇う」と決めたからには、雇われる人にとっても雇う自分にとってもウィンウィンになるよう、一蓮托生の思いで大切に育てていこうという気持ちがあるはず
できれば、楽しく長く働いてもらいたいという希望があるはず
(それが自身にとっても、クリニックにとっても最良なことだから)
きっと、今週末は院長夫妻は家で反省会したにちがいない。他の先輩たちに様子を聞いて、「もうちょっとこうしたほうがいいんじゃないか」といった提案にも耳を傾けたんじゃないか?
雇う方も、オレのやりかたについてこれないならさっさと離脱してくれて結構だ、なんて思ってないよ
どうしたらいいかな?っていつも考えて、ときには悩んだり、落ち込んだりっていうことも雇う側の人にもある
努力の甲斐なく、辞められてしまったら、自分には人を雇う資格、若い人を育てる力がないんじゃないかってはげしく自信喪失して落ち込むはず
(新人の悩みとは別の、もっと上級者にも、その立場なりのこういう悩みがある)

・「困難は分割せよ」←17世紀フランスの哲学者デカルトという人の言葉。
「ここで働き続けるのは無理かも」って、考えるだけで泣きたい気持ちになるなら、「働き続ける」っていうふうには考えないようにする。
辞めるのはいつでも辞められるし、最悪「ばっくれる」(現代用語では「とぶ」ともいう)こともできるわけなので、ほんとうに出勤しようと思うと体が動かない(泣)とかいう状態になるとかじゃなければ、「今週だけは行こう」「明日だけは行こう」って「分割する」
30年働き続けるのは途方もなくてとてもできそうになくても、明日1日ならなんとか行って帰ってこれないというほどでもない
分割することで、困難を粉々にして平易なかけらにして、その平易なことをひとつひとつこなしていくうちに、とても無理だと思ってたこともいつの間にか成し遂げられていたりする

はてなブログのお題に答える…どんなところに春を感じる?
花粉かな?
きのうの雨上がりからの強風は、強烈だった
目がしょぼしょぼで頭痛くて肩痛くて片目で仕事した